今日気になるプレスリリースを見かけました。翻訳ソフトを開発した会社が社員に「英語禁止令」を出したというのです。
ロゼッタが全社員に英語禁止令
以下、プレスリリースからの引用です。
今こそ目が覚める時です。 人種や性別とまったく同じように、英会話力など、本業の能力とは何の関係もありません。 英語ができる無能な人が重宝され、本当に実力のある人々が抑圧される暗黒時代はもう終わったのです。 英語ができないだけで不遇な目に会っていた、優秀で素晴らしき人達。あなた方はついについに、檻から解放されたのです。自由に、羽ばたいてください。思う存分、きらめいてください。 また、たまたま語学ができる人に、本業と関係ない翻訳仕事を依頼するのも無しです。
翻訳ソフトがあるから「外国語学習」必要なし、という言説はよく見かけます。また、上記にあるような「英語が話せる=英語しかできない(無能な)人」という侮辱的な言葉を日本人男性に浴びせられたこともあります。さすがに彼は(無能な)までは面と向かっては言いませんでしたが、上記のニュアンスがあったことは明らかです。
ビジネス分野で英語とその他の言語の意味の差異・解釈の違いが小さい時には外国語の学習は重要ではないかもしれません。しかし、誤訳や現場での誤解例を多数見た経験から言うと危険な考え方だと思います。
海外で調査研究(政策)の支援をした時に、日本と諸外国のガバナンスの違いや歴史的・文化的背景を十分に読み込めず通訳の方が誤訳をした例を何度か目撃しました。これは通訳の方の力量というより、依頼者が通訳に十分な資料を渡していなかったりした準備不足によるものだと思います。
また、私自身が日本人の海外視察の支援をした時に自分の専門分野で通訳を引き受けたこともあります。私はプロの通訳ではないので、いつも大変な緊張を強いられました。しかし、仕事が終わってから「これまでの視察で一番理解できました!」と何度か言われたことがあります。これは私が当該分野の専門家であるため、①専門外の通訳の方が誤訳しがちな部分も間違えずに翻訳できたこと、②また視察先の担当者が伝えなかった、日本人には分かりにくい、その国や専門分野特有の事情も補足で説明していたからです。「日本語=英語」をそのまま機械的に翻訳すれば意図や意味は伝わる、というのは幻想です。
私の専門は都市計画・住宅・環境問題も含む公共政策の分野です。しかし、自分の書いた英語の論文も、自分で日本語に翻訳できる自信がありません。なぜなら、専門用語も含めて英語と日本語の意味のギャップが大きいので、翻訳が難しいのです。どうしても日本語だと補足を入れないと意味が伝わりにくい部分があり、誤解されるのが嫌なので翻訳には至っていません。
「グリーン・エコノミー」が世界の成長分野になる今、環境分野に関しても多数の英語の文献が発表されています。環境問題やESGに関してもそれが生まれてきた社会的背景や政治経済が分からないと十分には理解できません。今日もTVでEVに関して日本人の「専門家」がちょっと的外れなコメントをしているのを見たばかりで、危険な傾向だと思いました。何故なら、世界で今ビジネスの在り方は「株主資本主義」から「ステークホルダー資本主義」に移行しつつあるからです。単に「お金儲け」だけでなく自分のビジネスが広く社会に与える影響―Environmental, Social, and Governance (ESG)を考えなければならない時代になったのです。そのためビジネスで使う英語も以前より確実に難しくなっていると思います。
語学学習に多大な時間がかかるのは事実ですが、安易に翻訳ソフトに頼ると、必要な情報を正しく理解することが困難になります。言葉はコミュニュケーションの道具でもありますが、「文化」でもあるということをぜひ忘れないで欲しいと思いました。
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