次期東京都知事に何を期待するか?「住む街」としての東京の課題。
2024年東京都知事選が始まりました。今年は以前にもまして選挙におけるソーシャル・メディアの活用が進み、選挙を悪用した「売名行為」が横行しています。選挙の争点がぼやけてしまっているのが気になりますが、今回の選挙で、直接的には主要な争点にならなかった課題に関する重要なニュースがいくつか報道されました。すばり「人が住む都市」東京の未来についてです。
私は過去にしばらく東京都内と東京近郊に住んでいたことがあり、当時は都市としての東京の未来について調査する仕事をしていました。そこから随分と月日が経ちました。当時も「生活する場」としての問題が山積していた東京ですが、わが国の経済状況が大きく変わった(一般庶民の生活はもっと苦しくなった)にもかかわらず、流れてくるニュースを見ると、都市としての東京に関する政策や経済思想はそれほど変化がないのだということに、失望させられます。
まず、2024都知事選が始まった週末に目に入ったのが、東京・六本木の再開発のニュースです。
2030六本木ビッグバン 再開発比率3割、「第2ヒルズ」も - 日本経済新聞
六本木ヒルズを開発した森ビルをはじめ、複数の大手不動産デベロッパーがその隣接地域で高層ビルを中心にした大型の再開発を計画しているというのです。日経新聞の報道によれば、区域面積に占める再開発の比率は3割に上り、このエリアを「夜の街から経済と文化が融合する街」に建て替えることで、「東京がニューヨークやロンドンに並ぶための起爆剤」にするというのです。
私はこの記事の描写を読んで、数十年前と発想が変わっていないことに落胆しました。世界でも有数の大都市、ロンドン、ニューヨーク、パリは東京のように「壊しては建てる」という「再開発」をしていません。過去の歴史的遺産を守り、そこに住む住民にも最大限配慮しながら(もちろん十分ではありませんが)、再開発をする、というのが20世紀半ば以降、世界で主流となってきた「都市計画」の姿です。だからこそ、これらの都市は魅力がある、ということを政治家や経済人、建築家、都市計画専門家は忘れているように見えます。
日本では、都市計画や住宅問題について選挙時に候補者が言及することが少ないですが、日本国外では地方選挙、特に大都市の選挙では重要な争点になる課題です。現在の東京の都市計画は、環境問題、経済格差、少子高齢化というトレンドに大きな影響を及ぼすにもかかわらず、ごく一部の計画を除き、ほとんどメディアでは「政治的課題」として、取り上げられてきませんでした。ようやく「神宮外苑再開発」が都知事選の争点の一つとして挙げられましたが、本来なら都市計画は都知事選で選挙公約に含まれるべき問題ばかりです。全てではありませんが、以下、その問題のいくつかをピックアップしてみました。
都市再開発の「スクラップ・アンド・ビルト」によるCO2の排出の増加
都市再開発による公園などの緑地及び樹木の減少
外国人および富裕層の投機的な不動産投資による住宅価格の高騰
訪問客の増加による短期賃貸住宅の増加による住宅価格の上昇
これらの環境要因による少子化の加速
高齢社会と老朽空き家の増加
実は、建築物、特に都市開発に起因するCO2の排出は、世界の排出量の4割を占めており、各国でその削減が進められています。東京のようにビルや住宅が、まるで消費財にように何度も解体される状況はあってはならないはずです。
"The built environment is the single largest contributor of CO2 emissions, generating approximately 40% globally, the majority of which comes from urban development."
Nine solutions for Cities to Cut Carbon Emissions in Construction
くわえて、財政改善のために樹木や公園の土地を削減して、民間の商業施設を増やす、という政策も他先進国ではあり得ません。ヒート・アイランド現象が進む都心部はなおさらです。
もう一方の大きな問題は近年の東京都内の住宅価格の高騰です。資材や人件費の上昇以外に、富裕層や外国人による投機目的の不動産購入が多いのが、東京のような大都市の特徴です。これはロンドン、パリ、ニューヨークなど同じ問題を抱えていますが、東京は円安により拍車がかかっています。併せて、これらの都市には海外・国内からの訪問客も多いため、短期賃貸住宅も増加しており、これがさらに住宅価格を押し上げる要因にもなります。結果として、賃金は上がらないのに、一般的な労働者が必要とする住宅が東京都内では見つからず、子育て世帯は東京都から転出せざるを得ない状況になっています。
【東京都知事選挙】住居高騰、東京去る子育て世帯 公営活用も募集枠に限り 都知事選2024 課題の現場㊥ - 日本経済新聞
日本では、あまり知られていないのですが、欧米諸国、特にあの究極の「資本主義国家」米国でさえ、都市開発は規制が厳しく、大規模な再開発を行う場合は一定以上の割合の社会的住宅(social housing, いわゆる低所得者向け住宅)の供給を義務付けているのが一般的です。この条件をクリアしないと開発許可が下りないのです。社会的住宅の供給数は多いとは言えませんが、そうすることにより格差の是正や地域住民の多様性を確保しようとしているのです。日本には同様の仕組みはありません。日本の都市開発では所得の低い住民向けの公営住宅やURが提供する中所得者向け住宅は別々に計画、提供されています。この弊害が大きいのが首都東京なのです。
Social Housing and Urban Renewal: A Cross-National Perspective
日本では、都市計画、まちづくり、住宅政策が、それぞれ別個で稼働するという歪な構造が根付いてしまっており、確固とした「都市ビジョン」を遂行するための法律や行政の枠組みも未熟です。その失敗が露わになったのが、東京都が土地や周辺インフラを整備した旧東京オリンピック村の宿舎であったファミリー向け分譲マンション「晴海フラッグ」の高額転売の顛末です。
晴海フラッグの分譲マンション 法人が多数購入 なぜ?7回落選した夫婦“ファミリー向けと聞いていたのに” | NHK
歴史遺産として価値のある緑地帯を商業施設を中心としたエリアに改造しようとしている「神宮外苑再開発」や公園の面影が消滅してしまった渋谷の宮下公園の再開発など、東京の都市環境は「生活する場」としては過酷です。
神宮外苑、宮下公園「やりたい放題」の都市開発
一方、その文化遺産で人気の高いスペイン・バルセロナ市は、2029年から観光客向けの短期賃貸住宅を全面的に禁止する予定です。これは市長が観光客増加により引き起こされた市内の住宅価格の高騰を抑えて、市民の「住む権利」を確保するための試みです。
Barcelona plans to ban all short-term home rentals for tourists from 2029
次の選挙で選ばれる新しい東京都知事には、今の東京を都民にとって真に住みやすいまちに変えるビジョンを示してほしいと願っています。
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